采女(うねめ)まつり

■平成28年9月15日(木)

■奈良県奈良市 中心部
■近鉄奈良駅  徒歩5分/JR奈良線 奈良駅下車

猿沢池に入水した采女の霊を祀る神社のお祭。
17時にJR奈良駅前から猿沢池に至る三条通にて花扇使、ミス郡山、ミス奈良などの秋の七草で飾った花扇をひいた稚児や采女が市内を練り歩くお渡り式が行われ、18時に采女神社例祭、19時に花扇や花扇使をのせた龍頭船が猿沢池に繰り出され、雅楽の調べとともに池を巡り、最後に花扇を池に浮かべて采女の霊を鎮め、同時に人々の幸せを祈ります。

【歴史メモ】
采女まつりの主役である采女とは、天皇や皇后に仕え、食事などの身の回りの雑事を行う女官のことです。
日本最古の歴史書である『日本書紀』によると、すでに飛鳥時代には地方の豪族が娘を天皇に献上する習慣があったことが記されています。
采女の主な仕事は、天皇の食事の際の配膳でした。しかし采女の選定基準には「容姿の優れた者」という項目があり、実際には天皇の妻妾としての役割を果たすことも多く、中には天皇の子を産んだ者もいました。一方で、女官として高位まで昇進した者もいます。采女出身の女官としての最高位は従三位で典侍、従三位といえば男性ならば公卿の位になります。
古代ではこのように天皇の妻妾としての性格を持っていた采女ですが、奈良時代に入り采女が律令制に取り込まれるようになると、その性格は薄れて、後宮の下級職員としての性格が強くなりました。平安時代に入ると、平城天皇の時代に一度采女が廃止され、その次の天皇である嵯峨天皇の時代に再度復活します。その頃には、かつて地方の豪族の娘を献上するものであった采女が、中央貴族の子女から選ばれるようになり、本来の性格が形骸化していきました。さらに江戸時代以降になると、天皇の即位式の時のみ女官の中から選ばれるよう二なり、その際は十二単ではなく、丈の短い「采女装束」を着装しました。

「原色日本服飾史」采女
http://www.iz2.or.jp/fukushoku/f_disp.php?page_no=0000134

■問い合わせ先:采女祭保存会0742-22-3900
奈良市観光協会0742-27-8866
■Webサイト:奈良市観光センター http://narashikanko.or.jp/index.php
(采女祭http://narashikanko.or.jp/event/index.php?m=d&id=107&mm=6&fy=&fm=9&fd=&ty=&tm=10&td=&ky=&ar=&th=&sum=&det=&vi=&submitbtn=1
奈良県観光連盟 http://www.nara-kankou.or.jp/
奈良県観光情報 http://yamatoji.nara-kankou.or.jp/

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