牛車の乗降に際しては作法があった。
「源平盛衰記」によると、木曽の山中に生まれた源義仲は、都で乗り慣れぬ牛車から降りる際、後ろから降りようとして、雑色(ぞうしき)に「後ろから乗り、前に降りるものです」といわれたのを、無視して後ろから降りてしまったので、京中の人々に笑いものになったという。
寝殿から車に乗るときは、中門廊の車寄に、牛をはずした車を後ろ向きに引き込む。
車寄は廊の妻戸を開けて牛車の後方から乗り込むのである。
榻(しじ)という四脚の台を踏み台にして、車体の入り口から外側へ付き出た踏板とよばれるステップに足を乗せる。横に立つ役の者が、入口に懸かった御簾をかかげてくれるので、その下をくぐって乗り込むのである。
対の屋の妻戸の前に、中苦節牛車を寄せて乗ることもある。
降りるときは、ふつうは前から降りる。まず車から牛を放ち、自分で前の御簾を巻き上げると、役人が車の前に突き出した前板というステップに履物を置いてくれる。車が揺れるので両袖の傍建(ぼうだて)という添え木に手を懸けて履物を履き、前の轅の間に置かれた榻を踏み台にして地面に降りるのである。
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